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2008.11.26

20081126★コンバートEVを作ろう


 コンバートEVとは、コンバート・エレクトリック・ビークル=改造電気自動車のことだ。日本EVクラブ(http://www.jevc.gr.jp/)はこのコンバートEVの製作をバックアップしている。言うまでもなく電気自動車は二酸化炭素を出さない。日本で今車の登録台数がどのくらいかは知らないが、この1万分の1でも電気自動車になれば二酸化炭素の排出量はバカになるまい。京都議定書で日本が世界に約束した値は-6パーセントだ。しかし既に7パーセントオーバーし、2012年までに13パーセント削減しなければならない。後3年でこのまま到底実現できない数値である。いかに政府が無策であったかが問われることだろう。それこそ失われた10年である。この間ドイツは、-8パーセントのところを-18パーセント達成している。政府がやらないのなら自らやるしかないだろう。そこで浮上したのがこのコンバートEVである。これは今の技術で実現できるものだ。三菱とスバルが09年に発売する電気自動車のように莫大な開発費を費やすこともなく実現する。そこで提案だ。大規模に「コンバートEVの自作プロジェクト」を実現しようではないか。このプロジェクトを成功させるために次のことを政府とメーカーに要望する。

1)税制上の優遇措置
2)登録手続きの簡素化
3)高速・有料道路の無料化
4)部品代の補助

また、メーカーに対しては、
1)車種に応じた組み立てキットの提供
2)製作にあたってのウエブ上のサポート

等々だ。上記についての補足説明をすると、

1)税制上の優遇措置
では、自動車重量税の免除、自動車税の減額だ。

2)登録手続きの簡素化
では、手続きに時間がかかり、提出書類が多いのでこれを簡素化してほしい。

3)高速・有料道路の無料化
これは説明の余地はないだろう。

4)部品代の補助
これもそのものズバリ5割補助。

1)車種に応じた組み立てキットの提供
これは、一番苦労するのがモーターと変速機をつなぐプレートだそうだ。それに直流100ボルト100アンペアのスイッチやリレーが入手困難なことと、コントローラについても殆どが輸入品、そこで自動車メーカーが車種に応じた部品一式を揃えてくれれば断然気合が入ると言うものだ。

2)製作にあたってのウエブ上のサポート
これは素人が自作するにはやはりスキルが大きい。ウエブ上で写真や図、動画を使って詳しく解説してほしい。また、ディーラーや整備工場の技術支援は言うまでもない。

 このプロジェクトが成功すれば、意外に早く京都議定書のクリアは達成するのではないだろうか。そして日本がかつて公害を克服したように、世界から信頼されることにもなろう。不景気だ、不景気だと言わず、思い切って何かを実行しなければ一歩も前には進まない。政府は自動車メーカーを擁護するより、素直に国民に頭を下げて協力してもらうことが大事ではないかと考える。


補足;インホイールモ-ター<(In-wheel motor、Wheel motor、Hub motor)とは、電気自動車などで駆動力を産み出す電気モーターがタイヤのホイールの中のハブ内にあるモーターのことである。http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%9B%E3%82%A4%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%A2%E3%83%BC%E3%82%BF%E3%83%BC>を使用すれば、タイヤ交換なみの手軽さでコンバートEV化することができるが、非常に高価である。また、4輪独立駆動でも2輪独立駆動でもできる。これは私のアイディアであるがエンジンを載せたままインホイールモーターをつければハイブリット車になるではないか。バッテリーがなくなればエンジンで走ながらバッテリーを充電すればよい。バッテリー充電スタンドが充実するまでのつなぎとしては格好のものだろう。

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2008.11.24

081028 ★NHKテレビ

★土曜学校
 千葉県木更津市で行われている、「土曜学校」の様子が半年にわたって紹介されていた。ここでの教育方針は、子供たちの自主性に任せて大人たちはそっと遠巻きに見つめると言うものだ。助けを求めてきても答えは教えない、ヒントを与えてあくまでも自分で考えさせる。これで子供たちはたとえそれが最善とは言えないまでも解決していくものだ。実はここが大切だと思う。今の教育は初めから安易に答えを教えすぎるのではないだろうか。これが思考力の低下につながっている。まさにインスタントの教育ではないか。そこでじっと我慢をして、考えていく過程を重視すると言うよりそれを楽しむくらいのゆとりが必要だと思う。自分で考えることは、積もりつもって大人になったときに、何でも自分で解決することが出来るようになるだろう。そして答えが一つではないことも気が付くだろう。人それぞれの考え方があり、人それぞれの生き方があることも経験することだろう。それで他人の生き方ですばらしいことは参考にすればいいことだし、自分のほうが絶対によいと思えばそれでよい。他人には他人の価値観がある、自分には自分の価値観がある、みんなが同じであれば世の中はつまらない。

 番組ではけっこう自分のやりたいこと、得意なことを見つけて自由でのびのびと学習していたことだ。また、団体行動の大切さも経験したようだ。共同生活をすることでそれぞれの家庭の様子も垣間見ることができただろう。ここでは現代教育が忘れていた、偏差値とか点数とかで表せないもっとも大切な教育への真髄を見たような気がした。「教育とは何か」もう一度スタートラインに戻って考え直す必要があると思う。有名大学に入り大企業に入社することが教育の目的ではないだろう。

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081024★NHKテレビ


★「世界同時食糧危機(1)アメリカ頼みの「食」が破たん
 なんで「食糧」までも投機の対象にするのか、私には理解できない。それほどまでも人間は欲望を満たそうとするのか。私には理解できない。これを「利己主義」と言わずにしてなんと言うのだろうか。世の中は落ちるところまで落ちた感がしてならない。何故そこまでやるの、何故なの・・・・。

 村上ファンドの社長が「なぜ、お金儲けしてはいけないの」と、言ったことがある。今の世の中お金儲けをしてもまともであれば処罰されることはない。しかし、まともであれば短期間に大金持ちにはなれないだろうし、たとえなったとしてもそのお金の使い道だ。その資金で食糧などを買いあさるなど普通の人にはできないはずだ。食糧危機になれば、そのしわ寄せは貧乏人にくる。餓死者も出てくるだろうが、食糧を高騰させた本人には殺人者としての意識はないだろう。私はこの行動は明らかに殺人だと考える。たとえ直接人を殺していなくても、間接的に人殺をしたことになる。まともな人間であればこのような食糧の買いあさりなどできないだろう。一握りの大金持ちが起こした食糧危機で、大勢の貧乏人が生死をさまよう危機にさらされることにあなたはどう思いますか?

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081023★NHKテレビ


★「緊急生放送・国谷裕子アメリカ発世界金融危機の深層に迫る」
 10月11日放映されたNHKテレビでは、経済に疎い私にもわかりやすい番組だった。日本に於けるバブル崩壊とは少し事情が違っていたようだ。いかにもアメリカらしいと思った。それにしても犠牲になるのは何の関係もない庶民だ。経済の暴走に何ら歯止めをかける手立てはないものだろうか。前にも書いたと思うが人間の限りない欲望は「金が金を産む」システムを作り、成熟した先進国の暴走を助長した。成熟した国の目指すものは一昔前の北欧みたいな福祉社会ではないだろうか。ところがどこまでも欲の突っ張りあいで、自分さえよければよいと言う利己主義に終始する。「金」という魔物に取り付かれた人間の欲望は止まることがない有様だ。資本主義=市場経済システムは、人間の欲望を巧みに利用したものだろうが、実はこのことが人間を滅亡へと進めていることに気が付いているだろうか。何でもそうだろうが「度」が過ぎれば「悪」になるものだ。ほどほどで止めてもらいたい。

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081016 ★車はちいちゃな発電所だ

 あなたは携帯電話の充電は家でしていますか? 車でしてはいかがでしょうか。例えば携帯電話に限らず他にも車で充電できるものはある。デジカメ・ビデオカメラ・携帯音楽プレイヤー・セェーバー・充電式乾電池等々、これらを車で充電したからと言って二酸化炭素が増えるわけでもないだろう。だとすればそのぶん、電力会社の発電量が少なくてよいことになる。車のバッテリーは、その容量を越えて電気を蓄えることはできない。容量を越えて充電することは過充電になる。これはバッテリーを痛めるし、もったいない話だ。走行中はバッテリーは使わにゃ損そん。予備のバッテリーを1個乗せて充電し、これを家で使うことはできないか? 例えば、車用のハンディークリーナとか小型のLEDライト、ポータブルナビゲーション等など、家でも使えるだろう。

 ところで、日本中の車のバッテリーが蓄えている電気の量はどのくらいだろうか? これを有効に使うことはできないものだろうか。

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081007 ★日曜フォーラム「電気自動車、新たな時代へ」

☆東京 9月4日 千代田放送会館
☆パネリスト
*舘内  端(たてうち ただし) 自動車評論家 日本EVクラブ代表
*山根 一眞(やまね かずま) ノンフィクション作家
*白石 真澄(しらいし ますみ) 関西大学教授
*奥山 清行(おくやま きよゆき) 工業デザイナー
*石谷  久(いしたに ひさし) 慶応義塾大学
☆コーディネーター
*室山 哲也(むろやま てつや) NHK解説委員

☆昨年私は初めて電気自動車に乗った。九州工業大学の学園祭のときだった。「電気自動車」をキーワードに検索をしていたら、偶然に電気自動車の試乗会に行き着いた。それも明日ではないか。幸に休みであったから予定を変更して駆けつけて行った。走った距離は短かったが、加速の良さと音の静かさと振動のなさを体験できた。帰宅するなり電気自動車を調べまくった。そこで出会ったのが「日本EVクラブ」だった。そして驚いた。何と電気自動車は自作できることを知った。エンジンとラジエータを取り除き、そこへモーターを取り付けバッテリーとコントローラーを配線すれば出来上がりである。しかし、話は簡単だがスキルは大きそうだ。また、登録も一筋縄ではないらしい。

 そこで政府にお願いだ。CEV(コンバート電気自動車)の税制的な優遇措置と登録の簡略化を早急にやってほしい。例えば自動車重量税の免除、税金の割引、高速道や有料道路の無料化、モーターやコントローラの改良補助、CEVの自動車整備工場への技術の普及、自作への援助等々だ。(私も自由になるお金が4~50万円あればすぐにでも挑戦するのだが)これにより現在走行中の車が例え1パーセントでもCEVになれば、大変なCO2削減になるはずだ。すでに東南アジアではオート3輪のタクシーが街中を走っているそうだ。

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081005★不思議な浄化槽

 もう数ヶ月前だったと思うが、テレビでヤクルトの空容器の底を切って汚水の中に入れると見事に浄化することを放映していた。これは実際にある企業で採用していたが、魚も棲めるようなきれいな水になったいた。どうやらヤクルトの空容器の形が、微生物にとっていいみたいだ。これぞ安上がりで簡単な浄化方法ではないか。そこで私もヤクルト販売店より空容器をもらってきて、底をはさみで切り落とし、プラスチックの漬物ダルの中へ100個沈めてみた。金魚やめだかを飼っている水とカワニナを入れてみた。順次犬の糞や生ごみを投入してみたい。果たしてきれいに浄化してくれるだろうか? これが成功すれば、わが地区はただ今下水工事の真っ最中だが、浄化槽の中にヤクルトの空容器を沈めておくだけで良いことになる。日本全国にはまだまだ下水道の設備が整っていない地区もあるだろうが、こんな簡単な方法で汚水の浄化ができれば、どれだけ省エネ・省資源になるだろうか? その昔、市から下水道に関するアンケートがあった際、私はこのようなことを書いた。

 「下水道は必要ない、各家庭の下水は各家庭で処理をすればよい。バイオ技術を使い幅50センチの溝を掘り家の回りを1週すればきれいな水になるそうだ。どちらが安上がりか一目瞭然だ。」
と書いた。

 これは国も地方自治も同じだが、政治家や官僚が「袖の下」が欲しいがために税金を使い大掛かりな工事をしたいだけだ。国民のためでもなんでもなく、ただ自分の懐を肥やしたいためだ。これだから「政治と金」の問題は後を絶たない。昔から言うではないか「政治家とこじきは3日したら止められない」と.......。

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081003 ★早野ぽんぺいのマニファスト

 今、我々人間に課せられた緊急かつ重大な問題は、「地球温暖化」である。この大問題に全人民の英知を結集して真剣に取り組まなければならない。いわば人間の全能力が試されている。そして時間的な余裕もない。そこでひとつの具体案として私のマニファストを紹介しよう。

 昨年のノーベル平和賞を受賞したのは、JPCCと元米国副大統領のゴア氏だ。JPCCは「人間の活動」が「地球温暖化」をもたらしたと結論付けた。人間の活動とはとりもなおさず「経済活動」に他ならない。要するに経済活動にメスを入れなければ「地球温暖化」は阻止することはできないだろう--これが私の意見だ。そこで具体的にその方策について説明していく。

1)乗用車(1トン未満の貨物車を含む、以下同じ)のエンジンをモーターに変える。

 日本EVクラブ(舘内  端(たてうち ただし)会長)は、エンジンをモーターに変えるCEV(コンバート・エレクトリック・ビークル)を推奨している。これは現在の技術でDIYの経験があれば誰でもできるそうだ。また、それよりも簡単な方法は、車輪のホイール内に組み込むモータ(電動機)「インホイールモータ」を使用することで誰でも簡単にCEV車が完成する。またこれに関する技術的な資料やノウハウやQ&Aはインターネットで公開する。政府の役割は高性能なモーターやバッテリー・コントローラの開発援助とこれに伴う法的な規制緩和である。

2)2010年以降のエンジン付乗用車の製造・販売・使用の停止

3)2012年以降のエンジン付乗用車の登録の停止

 これらにより2013年以降はエンジン付乗用車(1トン未満の貨物車を含む)には乗れなくなる。このような思い切った政策をとらない限り、民間・個人に任せていても「地球温暖化」は防止することはできないであろう。今求められているのは政府の「決断」の何ものでもない。我が福岡県出身の麻生新総理にこのような英断を期待する。

4)首都圏(超過密地域)の住民税を現在の3倍にする

5)中部圏と地方都市圏の住民税を現在の2倍にする

 これにより地方分散を図り、これで得られる税金で地方の活性化を推進する。

6)国内生産の農産物の移動(同一都道府県内と隣接市町村のみ)を制限する

 これはいわば兵糧攻めである。これで完全に都市部の人口は減少する

7)会社組織を解体する

 会社組織を無くし自治体営プラスNPOみたいなものにする。どうしても大掛かりになるものに限り国営にする。

8)お金の使用をなくす

 産業革命以来社会を狂わせてきたものがお金(マネー)であると判断した。それゆえお金のない全く新しい社会システムに創り返る。

9)資本主義(市場経済主義)をなくす

 私はこのブログの冒頭で、「間違いだらけの世の中」の3大要因は、基本を忘れた人間と欲望の固まりの人間と資本主義(市場経済主義)である、と書いた。あの時以来いっそう確信が持てるようになった。お金は魔物である、お金が人間の心まで蝕んでしまった。

 総括して、私が創りたい「新社会システム」とは、「人にやさしく、地球にやさしい、自由で平等な生命共同体」である。

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080919 ★080919 生きると言うこと

 我々生き物たちは、この地球で生まれ、地球で死んでいく。「生きる」と言うことはどう言うことだろうか。生まれた以上は生きる「権利」がある。権利があるから当然「義務」もある。「生きる権利」とは何か、「生きる義務」とは何か。生きる権利とは、他の生き物を殺して食べてもよいことだ。しかし、自分もまた殺されて食べられることを意味する。これが「食物連鎖」だ。地球の生態系は、この食物連鎖で保たれている。それじゃ生きる義務とは何か。これは太陽系宇宙の「掟(オキテ)を守ることだろう。掟とは「なすがまま、自然に身を任す」ことだろう。だが、この掟を守っていないのは人間だけだ。人間は人間だけ特別扱いをしてきた。人間だけは許されると思っていた。だが神様は人間どもに大きな試練を課した。「地球温暖化」と言う、我々人間が経験したこともない試練に神様は、我々人間がどのように対応するか見守っていることだろう。

 「生きる」と言ううことは、自分の「欲」を満たすことではないはずだ。そこにはおのずと制約があり、無制限に「欲」を満たすことはできない。そこで地球上の生態系をシステムとして考えることにする。地球上で生息できる生き物の数はおのずと制約がある。例えばある「種」が異常発生したとすると、それを「食」する生き物が多くなり、異常発生を止めるように働く、この結果正常に戻ることになる。これがいわゆる「生態系」だ。ところが人間の場合事情が異なる。人間は食物を生産する手法をあみ出した。このことで人口がうなぎのぼりに増えていった。人間は「欲」を満たすために新たな手段を手に入れてきた。そして地球上で天下を取った。人間以外の生き物はいわば身のうちを知っていて、限度をわきまえている。ところが人間は「欲」の突っ張りでいっこうに反省の余地がない。このことが悲劇の始まりでもあったのだ。

 昨今では資本主義の世の中で、経済ばかりが一人歩きをしてさまざまな波紋を投げかけてきた。不景気になるとやれ内需だの、やれ景気回復だのとまくし立てていやおうがなしに消費を促す、浪費社会へとの様相を呈してきた。これを見てもわかるように消費(浪費)がいかに矛盾した社会であるかがわかるだろう。このような社会は早くやめなければならない。

 私がこの「間違いだらけの世の中」で最初に指摘したものが、1)地球のおきてであり、2)人間の限りない欲望であり、3)資本主義であった。紛れもなくこの三つが「間違いだらけの世の中」の張本人だ。私が生きている限りこのことを一つひとつ明かしていきたい。

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080819 ★資本主義を止めろ

 お金のない社会・会社をつぶせ・経済活動を止めろ、と言うことは資本主義(市場経済)をやめろと言うことだ。これまで述べたように現代社会は、余りにも無駄が多すぎるし、複雑しすぎる。もっと単純でわかりやすい社会システムにする必要がある。例えば、聖徳太子は十七条の憲法を作った。今は憲法のほかに六法がある。このことはとりもなおさず社会が複雑である証だ。もう一度十七条の憲法に戻そうではないか。

 現行の「市場経済システム」で、劇的な改革を行おうとすると必ずぶち当たり、障害物が必ず出てくる。例えば、電気・ハイブリット・燃料電池・水素車以外は、製造・販売・輸出入できないようにすることができるだろうか。これをやればトヨタはつぶれてしまうだろうし、その従業員(下請けを含む)はたちまち怒涛に迷う。また、3大都市に住む1割はくじ引きで田舎へ帰れとも言えるまい。だが、市場経済システムをやめることでどんな大改革でもすんなりうまくいくのだ。しかもこのままでは経済システムそのものが機能しなくなる可能性がある。それは異常気象・原油高騰・干ばつ・風水害・食料や水不足等々が原因だ。早くて4半世紀、遅くとも今世紀中に資本主義は沈没するのではないだろうか。現行システムが数百年続くことはない。早かれ遅かれ自滅するのは明白だ。

 では、なぜ資本主義をやめるのか述べてみよう。

1)地球にやさしく人にやさしい低炭素社会
2)効率的で簡素な社会
3)この地球で人間がいなくなるのがいやだ
4)安心して暮らしたい
5)格差のない社会・平等な社会

1)地球にやさしく人にやさしい低炭素社会
 これは既に述べているが、ここでまとめてみよう。「地球にやさしい」とは、地球温暖化のない社会、環境負荷のない社会、そしてあらゆる生き物にもやさしい社会、と言うことができる。現在太陽系宇宙で地球のみに生物は生存している。この地球で生きるとは、これらの生き物と共存・共生することだ。人間だけがこの地球を支配してはならない。すべての生き物はこの地球で生まれ、地球で死んでいく。そして、この地球で生きる権利を持っている。人間だけがこの権利を持っているのではない。そして何もなくてもこの地球で生きていけるのだ。当然生きる権利がある以上義務もある。人間以外の生物はこの義務をキチンと守っているが、守っていないのが人間だけだ。だから地球が憤怒して人類最大のピンチである「地球温暖化」を人間たちに遭遇させたのだ。この最大のピンチを救うのは「この地球で生きる『義務』を果たす」ことだ。何も難しく考えることではない。義務を果たせば我々人間は救われる。ただそれだけのことだ。この回答は後で述べる。

2)効率的で簡素な社会
 これもすべて述べているがここでまとめてみよう。効率を著しく阻害しているのは、「経済システム」だ。そして「資本主義」だ。だから私は資本主義(市場経済システム」をやめると言っている。お金がなければ一発で効率のよい、簡素な社会が誕生する。恐らく西暦2050年までの二酸化炭素80パーセント削減は、何もしなくても達成することだろう。それほどまでに現代社会は複雑だし効率が悪すぎる。現在、日本全国の店舗数はどのくらいだろうか。小売店だけでも大はデパートや大型のチェーン店、コンビニから家族で経営する魚屋まで入れると大変な数になるに違いない。これらが消費する光熱費だけでも馬鹿にならないだろう。それに小売店だけではない、問屋も多くの倉庫もいらなくなる。新社会システムでは「区」を作るが、これはおおよそ150世帯だから日本の人口1億3千万を3で割れば、約4,500万世帯だから30万のいわば生協みたいなものがあればいいのだ。ここに衣料品・食料品や生活雑貨が届けられる。これを自宅まで持ち帰ることになる。お金がないから当然銀行などの金融機関もないわけだ。これらの店舗・事務所もいらない。また競争しないから営業マンもいらないし、その車や燃料だっていらない。宣伝広告やパンフレット・カタログ・ネオンサインの電気だっていらない。こう考えてみるといらないものだらけではないか。いかに現代社会がアホくさいかわかるだろう。

3)この地球で人間がいなくなるのがいやだ
 これは、現在のままの生活スタイルでは21世紀で人類の歴史が終わるであろう。この地球に住む全員に次のアンケートをしたとしよう。

  1)現在の生活スタイルを維持し、人類が滅亡してもよい
  2)人類が滅亡するのはいやだ、多少の犠牲は我慢する

あなたはどちらを選ぶのか、「1)を選んだ人は南半球、2)を選んだ人は北半球に移動してくれ」とばかりにはいかない。1)を選んだ人たちが2)を選んだ人たちを苦しめるからだ。1)を選んだ人たちは死んでもらわないといけない。死にたくなければ2)を選ぶ必要がある。それがいやなら宇宙ステーションでも作ってそこで暮らせばいいだろう。もし1)を選んだ人たちが断然多かれば、人類は滅亡するだけだ。

4)安心して暮らしたい
 今の日本は果たして「安心して暮らせる世の中」だろうか。恐らくそう答える人は少数に違いない。一月10万円以下で暮らさなければならない一人暮らしのお年より、派遣社員の若者は結婚もできないし、戦後の荒れ果てた日本を一生懸命に働いてきたシニアたちは、老後をどのように生きていけばいいのかわからないと、悩む人たちも多いだろう。今現在バリバリで働く会社役員も、数年後の自分に不安を持っていることだろう。誰でも不安のない、安心な暮らしを望んでいるはずだ。「新社会システム」では「胎児から墓場まで」保障された生活を目指す。

5)格差のない社会・平等な社会
 格差には、経済的・地位や名誉・学歴などがあると思う。この中で格差があっていいものは、名誉と学歴だろう。私は競争のない社会を目指しているが、これでは退屈で怠け者になる可能性がある、そこで「名誉」を高めることを競争してもらう。名誉とはすばらしい人間の証だ。すなわち、すばらしい人間になることを競うのだ。学問は学びたい人が学べばよい、学びたくなければそれでいい、学歴でその人を判断してはならない。経済的や地位の格差はあってはならない。新社会システムでは生活必需品(衣食住)は、無料でもらえるから「経済的」格差は生じない。また、すべての国民(天皇家を除く)は労働者であるから「地位」の格差もない。

 それにしても、お金がなく、会社がなく、経済活動をしなくて、資本主義でもない社会システムとはどんなものか創造してみよう。

 資本主義を止めてどんな社会システムを作るのか? ひとことで言えば「地球にやさしく、人にやさしい社会」、また「みんなが平等で胎児から墓場まで保障された社会」と言うことができる。このように夢のような社会ができるのか疑問だろうが、間違いなくできる。国民の多くが作ろうと思えば必ずできる。今必要なのは「決断」の一言に過ぎない。

 今人類は一大変換機に突入していると思う。これまで人間が経験してきたいくつかの大きな変革よりもさらに大きな、未だかってないいわば「危機」にさらされているのだ。私はアルビン・トフラーの「第三の波」に感銘し、工業化社会の後に来るのは「情報化社会」だと信じてきたが、これは間違いで工業化社会の後に来るのは、「低炭素化社会」だと気がついた。いわば「低炭素化社会」の中に「情報化社会」が組み込まれたものがこれからの社会、すなわち「新社会システム」だと確信するようになった。

 もはや百年に一度の経済危機だろうが、これにかまっているような時間的余裕もないようだ。地球がティッピングポイントになる前に「新社会システム」を構築し、軌道に乗せなければ後の祭りで終わってしまいかねない。もう一度繰り返すが、今必要なのは「決断」に他ならない。現行の資本主義=市場経済主義でこの地球温暖化を阻止することは、もはや不可能に近いことだと感じるのは私一人だろうか。現行システムを根こそぎ変えることが人類を救う唯一の方法だと考える。

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080818 ★経済活動を止めろ

 ICPPは昨年「地球温暖化の原因が人間の経済活動である」と結論を出した。それじゃ経済活動を止めれば、地球温暖化を防ぐことができることになる。経済活動をしなくても生きていける「社会システム」に移行すればいいだけだ。何も難しく考えることはない。ところが、先進国の主要な首脳たちは「現在の生活水準を維持したまま、新しいイノベーションやテクノロジーにより地球温暖化を防止する」と言うのが、共通した考えだ。その中には二酸化炭素を海の中や地中の奥深くに閉じ込めると言う、とんでもないことまで聞こえてくる。新しいイノベーションやテクノロジーは、新たな資源やエネルギーの消費を必要とする。これではいたちごっこで地球温暖化を防止することはできないであろう。要するに「臭いものにい蓋をするのか、元から絶つのか」と言うことだ。元から絶つほうが単純明快で確実な方法だと考えるが、いかがなものだろうか。

 「経済活動をしない社会システム」とは、どう言うものかといえば「お金のない社会」だろう。お金がなければ経済はどうすることもできまい。これが私が求める「新社会システム」だ。この「新社会システム」は「地球にやさしく、人にやさしい」ことも目指している。「人にやさしい」ことは、ほかの生き物にもやさしいことだ。「人がやさしく、心豊かに、自由・平等で、安心して生きていける社会システム」これが私の求める「新社会システム」だ。今私の頭の中で少しずつではあるが、アイディアが生まれてきている。今までに人間が経験したことのない「新社会システム」は、地球の生態系をモデルにしたい。なぜなら、単純明快で非の打ち所がないからだ。

 人間がこの地球上で生きていくためには、もうこれまでみたいな「わがまま」は許されない。「経済社会」という「消費生活」を続けてはならない。逆に言えば、人間がこの地球で生きたければ、経済活動をやめて環境負荷の少ない新しい社会システムに移行しなければ、地球に申し訳がないと言うことだろう。地球にとって理想とは人間がいないことだ。人間は邪魔者に過ぎないのだ。人類が滅びてよければ今までの生活スタイルを続ければよいだろうが、もう少しだけこの地球にお邪魔をしたければ、今までわがまました分だけ努力をしなければなるまい。現行システムでは並大抵の努力では、地球温暖化を防止することはできまい。それより経済活動を止め、いわゆる資本主義に代わる新しい社会システムに移行したほうが、簡単で努力も少なく確実に地球温暖化防止(低炭素化社会)ができる。

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080817 ★会社をなくせ

 私が考える「新社会システム」では、今のような会社は存在しない。車の生産を例に取れば、その経営母体はNPOみたいなものだ。国営とも違うし、しいて言えば自治体営だろうか。乗用車だけではない、トラックや農業機械・建設機械も同じ工場で作る。工場の数は都道府県と同じくらいで、北海道だけは広いから2つにする。しかも必要な台数しか作らない。研究所は別のところにあり技術者たちが研究を競い合っている。工場に届くのは必要な台数の部品だ。ベルトコンベアでなくて、ロボットもいなくて人間が組み立てる、ローテクな工場だ。自分の車は自分で作ることもできるし、経験者に作ってもらうこともできる。自分で作った車は自己責任であることは言うまでもない。このように家電製品やほかの機械も同じシステムだ。ところがこれらの部品はハイテクな工場の専門家で精密に作られる。部品工場は九州に1つくらいしかない。このようにすることで工場が一極集中することはない。市場経済のように同じメーカーがいくつもあって競争しないから合理的である。例えば、営業マンもいらない、宣伝広告費も要らない。日本全国で使われるこれらの費用がいったいどのくらいだろうか。営業マンの車・ガソリン代、電光掲示板の電気代、カタログやチラシの紙代インク代、これだけでも相当の資源やエネルギーが節約できるだろう。しかも同じ業種が数多くないから、事業所の数がぐっと減り、事務所費をはじめもろもろの経費が比べものにならないくらい節約できるだろう。自由競争で会社が多いと言うことは、それだけムダが多いことになる。だから私は「会社をつぶせ」と叫んでいるのだ。我々国民がちまちまと節約するより、会社(事業所)を減らしたほうがどんなに効果が大きいだろうか。不必要なものは徹底して作らない。我々国民が出している二酸化炭素の量よりも、工場・事業所・事務所・店舗等が出している二酸化炭素のほうがはるかに多いことは明らかだ。だから私は、会社をなくせ、資本主義(市場経済主義)をつぶせと叫んでいるのだ。

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080816 ★お金をなくせ

 これはどういう事かといえば、お金の必要がない社会を作ることだ。お金がなくなれば随分と無駄が省けるに違いない。現代社会においては、お金の良さよりもお金の悪さのほうが目に付いてしまう。例えば、お金がお金を生むということは、ますます格差が広がることを意味する。生活にゆとりがあり、まとまったお金があれば、それを運用してお金を増やすことができる。しかし、生活にゆとりがなければ、いつまでたっても貧乏だ。誰も好んで貧乏になりたいと思うだろうか。貧乏はいやだ。人並みの生活がしたいだろう。また、お金は犯罪の温床にもなっている。お金にまつわる殺人が後を絶たない。お金が無くなれば犯罪も激減するのではないだろうか。

 お金があれば、それに従事する人も必要だし、お金も作らなくてはならない。要するに人や金や資源やエネルギーの無駄遣いでもある。エネルギーだけを取り上げても大変な量を消費しているに違いない。全国に散らばっている金融機関がなくなれば、光熱や冷暖房費だけでも相当なものになるだろう。国民がちまちまと光熱費を節約するよりもはるかに
効果があるのではないだろうか。地球温暖化の阻止にも有効な手段である。

 これらの金融関係者たちを今問題になっている山林の管理に従事してもらう。林業は経済的に採算が取れないから荒廃する一方だ。しかしその大切さは計り知れない。山林が機能すればその下流の沿岸漁業も潤うことになる。そればかりではない。治山治水に大いに貢献するはずだ。

 ところで、お金のない社会とはどのようなものか考えてみよう。お金がないからお店に行って買い物をすることはなくなる。財布もないしキャッシュカードもいらない。それじゃ生活必需品(衣食住)はどうするかというと、家族の人数にあったぶんだけ無料でもらえることになる。ところがこれには働くことが条件だ。昔から「働かざるもの食うべからず」と言うことわざがある。遊んでばかりいる者は生きる権利がないはずだ。また、犯罪者も同じだ。このように働いてさえいれば生活に困ることはない。失業や倒産、景気の良し悪しなど何も心配する必要がないのだ。今の資本主義(市場経済主義)と比べてどちらが暮らしやすいか想像してみよう。

 このように考えてくると、お金とは一体何だったのか、本当に必要だったのか、疑問に思えてくるのではないだろうか。だってほかの生き物たちはお金なんて持っていないはずだ。地球上の生き物はこの地球上で何もなくても生きていけるのだ。人間だけがこの基本を忘れていた。これがこの地球に住む生き物たちのいわば掟(オキテ)でもある。

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080711NHKラジオ環境サミット

ラジオ第17月13日(日)19:20~21:55

1地球温暖化(環境問題)で日ごろから疑問に思うことはありませんか?

 西暦2050年までにCo2半減で、果たして温暖化が防げるとはとても考えられない。大方の政治家は、新しいイノベーションやテクノロジーで大丈夫だとの考えだが、これまたとんでもないことだと思う。これから数世紀に渡りこの地球で人間が存続したければ相当の努力が必要だろうし、残された時間も緊迫していると思う。おそらく10年以内に「生か」「死か」の選択をする必要があるだろう。もし「死」を選べば、こんなに楽なことはないし、地球にとって人間がいなければ理想に違いない。もし「生」を選べば、現在の社会システムを根本的に覆すような、全く新しい社会システムを構築しなければならないと考える。今の生活スタイルを捨てなければ必ず人間は生きていけなくなる。ティッピングポイントが来る前に「新社会システム」を軌道に乗せる必要があるだろう。

 「人間よ目を覚ませ、人間よもっと危機感を持て」まずは意識改革をしよう。

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