お金のない社会・会社をつぶせ・経済活動を止めろ、と言うことは資本主義(市場経済)をやめろと言うことだ。これまで述べたように現代社会は、余りにも無駄が多すぎるし、複雑しすぎる。もっと単純でわかりやすい社会システムにする必要がある。例えば、聖徳太子は十七条の憲法を作った。今は憲法のほかに六法がある。このことはとりもなおさず社会が複雑である証だ。もう一度十七条の憲法に戻そうではないか。
現行の「市場経済システム」で、劇的な改革を行おうとすると必ずぶち当たり、障害物が必ず出てくる。例えば、電気・ハイブリット・燃料電池・水素車以外は、製造・販売・輸出入できないようにすることができるだろうか。これをやればトヨタはつぶれてしまうだろうし、その従業員(下請けを含む)はたちまち怒涛に迷う。また、3大都市に住む1割はくじ引きで田舎へ帰れとも言えるまい。だが、市場経済システムをやめることでどんな大改革でもすんなりうまくいくのだ。しかもこのままでは経済システムそのものが機能しなくなる可能性がある。それは異常気象・原油高騰・干ばつ・風水害・食料や水不足等々が原因だ。早くて4半世紀、遅くとも今世紀中に資本主義は沈没するのではないだろうか。現行システムが数百年続くことはない。早かれ遅かれ自滅するのは明白だ。
では、なぜ資本主義をやめるのか述べてみよう。
1)地球にやさしく人にやさしい低炭素社会
2)効率的で簡素な社会
3)この地球で人間がいなくなるのがいやだ
4)安心して暮らしたい
5)格差のない社会・平等な社会
1)地球にやさしく人にやさしい低炭素社会
これは既に述べているが、ここでまとめてみよう。「地球にやさしい」とは、地球温暖化のない社会、環境負荷のない社会、そしてあらゆる生き物にもやさしい社会、と言うことができる。現在太陽系宇宙で地球のみに生物は生存している。この地球で生きるとは、これらの生き物と共存・共生することだ。人間だけがこの地球を支配してはならない。すべての生き物はこの地球で生まれ、地球で死んでいく。そして、この地球で生きる権利を持っている。人間だけがこの権利を持っているのではない。そして何もなくてもこの地球で生きていけるのだ。当然生きる権利がある以上義務もある。人間以外の生物はこの義務をキチンと守っているが、守っていないのが人間だけだ。だから地球が憤怒して人類最大のピンチである「地球温暖化」を人間たちに遭遇させたのだ。この最大のピンチを救うのは「この地球で生きる『義務』を果たす」ことだ。何も難しく考えることではない。義務を果たせば我々人間は救われる。ただそれだけのことだ。この回答は後で述べる。
2)効率的で簡素な社会
これもすべて述べているがここでまとめてみよう。効率を著しく阻害しているのは、「経済システム」だ。そして「資本主義」だ。だから私は資本主義(市場経済システム」をやめると言っている。お金がなければ一発で効率のよい、簡素な社会が誕生する。恐らく西暦2050年までの二酸化炭素80パーセント削減は、何もしなくても達成することだろう。それほどまでに現代社会は複雑だし効率が悪すぎる。現在、日本全国の店舗数はどのくらいだろうか。小売店だけでも大はデパートや大型のチェーン店、コンビニから家族で経営する魚屋まで入れると大変な数になるに違いない。これらが消費する光熱費だけでも馬鹿にならないだろう。それに小売店だけではない、問屋も多くの倉庫もいらなくなる。新社会システムでは「区」を作るが、これはおおよそ150世帯だから日本の人口1億3千万を3で割れば、約4,500万世帯だから30万のいわば生協みたいなものがあればいいのだ。ここに衣料品・食料品や生活雑貨が届けられる。これを自宅まで持ち帰ることになる。お金がないから当然銀行などの金融機関もないわけだ。これらの店舗・事務所もいらない。また競争しないから営業マンもいらないし、その車や燃料だっていらない。宣伝広告やパンフレット・カタログ・ネオンサインの電気だっていらない。こう考えてみるといらないものだらけではないか。いかに現代社会がアホくさいかわかるだろう。
3)この地球で人間がいなくなるのがいやだ
これは、現在のままの生活スタイルでは21世紀で人類の歴史が終わるであろう。この地球に住む全員に次のアンケートをしたとしよう。
1)現在の生活スタイルを維持し、人類が滅亡してもよい
2)人類が滅亡するのはいやだ、多少の犠牲は我慢する
あなたはどちらを選ぶのか、「1)を選んだ人は南半球、2)を選んだ人は北半球に移動してくれ」とばかりにはいかない。1)を選んだ人たちが2)を選んだ人たちを苦しめるからだ。1)を選んだ人たちは死んでもらわないといけない。死にたくなければ2)を選ぶ必要がある。それがいやなら宇宙ステーションでも作ってそこで暮らせばいいだろう。もし1)を選んだ人たちが断然多かれば、人類は滅亡するだけだ。
4)安心して暮らしたい
今の日本は果たして「安心して暮らせる世の中」だろうか。恐らくそう答える人は少数に違いない。一月10万円以下で暮らさなければならない一人暮らしのお年より、派遣社員の若者は結婚もできないし、戦後の荒れ果てた日本を一生懸命に働いてきたシニアたちは、老後をどのように生きていけばいいのかわからないと、悩む人たちも多いだろう。今現在バリバリで働く会社役員も、数年後の自分に不安を持っていることだろう。誰でも不安のない、安心な暮らしを望んでいるはずだ。「新社会システム」では「胎児から墓場まで」保障された生活を目指す。
5)格差のない社会・平等な社会
格差には、経済的・地位や名誉・学歴などがあると思う。この中で格差があっていいものは、名誉と学歴だろう。私は競争のない社会を目指しているが、これでは退屈で怠け者になる可能性がある、そこで「名誉」を高めることを競争してもらう。名誉とはすばらしい人間の証だ。すなわち、すばらしい人間になることを競うのだ。学問は学びたい人が学べばよい、学びたくなければそれでいい、学歴でその人を判断してはならない。経済的や地位の格差はあってはならない。新社会システムでは生活必需品(衣食住)は、無料でもらえるから「経済的」格差は生じない。また、すべての国民(天皇家を除く)は労働者であるから「地位」の格差もない。
それにしても、お金がなく、会社がなく、経済活動をしなくて、資本主義でもない社会システムとはどんなものか創造してみよう。
資本主義を止めてどんな社会システムを作るのか? ひとことで言えば「地球にやさしく、人にやさしい社会」、また「みんなが平等で胎児から墓場まで保障された社会」と言うことができる。このように夢のような社会ができるのか疑問だろうが、間違いなくできる。国民の多くが作ろうと思えば必ずできる。今必要なのは「決断」の一言に過ぎない。
今人類は一大変換機に突入していると思う。これまで人間が経験してきたいくつかの大きな変革よりもさらに大きな、未だかってないいわば「危機」にさらされているのだ。私はアルビン・トフラーの「第三の波」に感銘し、工業化社会の後に来るのは「情報化社会」だと信じてきたが、これは間違いで工業化社会の後に来るのは、「低炭素化社会」だと気がついた。いわば「低炭素化社会」の中に「情報化社会」が組み込まれたものがこれからの社会、すなわち「新社会システム」だと確信するようになった。
もはや百年に一度の経済危機だろうが、これにかまっているような時間的余裕もないようだ。地球がティッピングポイントになる前に「新社会システム」を構築し、軌道に乗せなければ後の祭りで終わってしまいかねない。もう一度繰り返すが、今必要なのは「決断」に他ならない。現行の資本主義=市場経済主義でこの地球温暖化を阻止することは、もはや不可能に近いことだと感じるのは私一人だろうか。現行システムを根こそぎ変えることが人類を救う唯一の方法だと考える。
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